真夏のドバイ。気温は50度近く、アスファルトは焼けつくような熱さになる。
そんな環境にもかかわらず、ドバイではオフィスビルやショッピングモール、レジデンスの中は驚くほど快適。
一体どうやってこの快適さが保たれているのだろうか?
実は、地上からは見えない“もう一つのドバイ”が存在する。
それは地下に広がる「冷却トンネルネットワーク」。この未来型インフラこそが、ドバイの都市機能を支えている陰の立役者なのだ。
灼熱都市の“快適さ”を支えるのは、地下にあるもう一つのドバイだった。
空から見えるのは煌びやかな都市。でも、その“涼しさ”を生み出しているのは、地中深くで静かに循環する“冷却の血流”だった。
記事のポイント
ドバイの「地域冷房」システムとは?
地下に広がる冷却トンネル網
データセンターとエネルギーの“裏のつながり”
他国との比較

ドバイの「地域冷房」システムとは?
日本ではあまり耳にしない「District Cooling(ディストリクト・クーリング)」という技術。
これは簡単に言えば、地下の冷却トンネルで都市全体を1つの大きなエアコンで冷やすような仕組みだ。
巨大なクーリングセンターで冷水を作り、それを地下パイプラインでオフィスやマンション、商業施設などに供給。
各施設にはその冷水を使った空調機が設置されており、冷却された空気を各室内に送り込んでいる。
この地下の冷却トンネルのすごい点は、「一括で冷却することでエネルギー効率が非常に高い」ということ。
個別にエアコンを動かすよりも、大規模で制御された冷却のほうが消費電力も少なく、設備のメンテナンスコストも削減できる。

District Cooling(地域冷房)とは何か?──都市をまるごと冷やす巨大システム
通常、私たちの暮らしでは、各部屋ごと・各建物ごとにエアコンを設置して温度調整を行っている。
しかし、これが何千・何万と集まる都市規模になると、個別冷房のエネルギー効率は極端に悪くなり、設置・修理・電気代も膨大になる。
そこで登場するのが、地下の冷却トンネル「District Cooling(ディストリクト・クーリング)」という発想。
これは、一つのエリアや街区に対して、“集中型の冷却プラント”で冷水を一括生産し、それをパイプで各建物へ供給して冷房を行う仕組み。
仕組みはこう:
- 冷却プラントで大量の冷水をつくる(大きな冷凍機)
- 地下パイプを通じて、各ビルや施設に冷水を循環
- 各施設では「熱交換器」で冷水から冷風を発生
- 温まった水は再びプラントへ戻り再冷却
このシステムのメリット
- ✅ 圧倒的なエネルギー効率(個別より50%削減)
- ✅ 騒音や振動が少ない(大型室外機がいらない)
- ✅ 建物の屋上やバルコニーが開放的に使える
- ✅ メンテナンスの集中化が可能(ビル単位の管理不要)
- ✅ CO2排出の削減でSDGsにも貢献
特にドバイのように年間のほとんどが冷房需要という国では、このシステムの効率性が絶大な効果を発揮している。
ドバイでの主な運営会社と実績
ドバイでこの地下の冷却トンネルDistrict Coolingを主導しているのが、世界最大の地域冷房プロバイダーといわれる
Empower(エンパワー)社。
- ドバイマリーナ、パームジュメイラ、ブルジュハリファなどにも導入済み
- モール・オブ・ジ・エミレーツやドバイ国際空港にも採用
- 2023年には約15億リットル/日の冷却水供給という世界記録を保持
未来志向の冷房システム
さらにドバイではこのシステムを、再生可能エネルギーと組み合わせる方向で進化させている。
例として:
- 太陽光で冷却水の一部をまかない、電力消費をさらにカット
- データセンターの排熱を逆利用する「熱源の共有」
- AIによる最適制御で、夜間に冷水を蓄え日中に供給する“氷蓄冷システム”の導入も
地下に広がる冷却トンネル網──都市を支える“目に見えない血管”
ドバイの都市機能は、実は“地下”が主役だ。
地上では超高層ビルが林立し、豪華なホテルやモールが並ぶ一方、
その地下には、数十キロにわたる冷却水パイプの地下の冷却トンネルネットワークが張り巡らされている。まるで人体の血管のように、都市のあらゆる“臓器”に冷却という命を運んでいるのだ。
冷却トンネルの構造と規模感
- トンネルの直径は最大で1.5〜2メートルにもなる。
通常の配管とは異なり、人が中に入って点検できるほどの大きさ。 - パイプは断熱・耐熱構造で、外気50度の中でも冷水を維持できるよう設計されている。
- 配管は地下鉄の通る路線や下水インフラとは完全に独立しており、地下の冷却トンネルは都市インフラの“第4の層”とも呼ばれている。
主な敷設エリア
- ドバイ・マリーナ、ダウンタウン・ドバイ、パーム・ジュメイラ
- ドバイモール、モール・オブ・ジ・エミレーツなどの大型モール
- 「エミレーツ・タワーズ」や金融街「DIFC」などの高層ビル群
このようなエリアでは、地下の冷却トンネルが通っており、各建物には枝パイプ(支線)が接続される仕組みになっている。
メンテナンスも“スマート”
トンネル内部には、センサーによる水温・圧力・流量のモニタリングシステムが導入されている。
- 異常な温度上昇や漏れ、詰まりがあった場合は即座に警報が出る仕組み
- 遠隔操作でバルブ制御ができるため、現場に人がいなくても対応可能
- 清掃・点検用にロボットが導入されている区間もある(特に新興エリア)
都市の裏側を支えるテクノロジーも、未来的なスマート設計がなされているのがドバイらしい。

地上との“接点”もひっそり存在している
ドバイを歩いていると、時折モールやビルの裏手にある「大きな格子状の通気口」や「白く冷たいミストの出ている吹き出し口」に気づくことがある。
それらこそが、地下の冷却トンネルと地上が接続されている“数少ない見える部分”だ。
- ミスト状にして熱交換をしている場所
- 冷却水の圧力を抜くバッファゾーン
- クーリングセンターと接続されたポンプルームの入り口
気にしなければ見逃すが、そこにも“もう一つの都市”の痕跡がひっそりと存在している。
ドバイの街は、冷たい水の網で“冷却された血流”を通わせることで、灼熱の地でも都市として機能している。
地下のトンネル網は、ビルの高さよりも、未来都市の“本質”を語っているのかもしれない。
データセンターとエネルギーの“裏のつながり”──熱を無駄にしない都市の知恵
もう一つ、ドバイのインフラの面白さは“エネルギーの再利用”という視点。
データセンターといえば、膨大なサーバーが稼働し、ネットワークの中枢を担う存在。
しかし、その裏側では、常に大量の「熱」が発生している。特にドバイのような灼熱地域では、冷却のためにさらにエネルギーを消費しがちだ。
だがドバイは、その「熱」を資源と見なす。
排熱は“ただのゴミ”じゃない
ドバイでは、一部の先進的なデータセンターにおいて、サーバーから発生した排熱を二次利用する取り組みが始まっている。
具体的には:
- 排熱を温水に転用し、近隣の住宅やホテルの給湯に利用
- プールやスパ、温浴施設の加温に再利用
- 一部は地域冷房プラントに回収され、熱交換による冷却効率の向上にも貢献
特にEmpower社が手がける地域冷房ネットワークでは、こうした「熱の横流し」によって、冷却プラントのエネルギー負荷を軽減する設計も進められている。
スマートグリッド×再生エネルギーで最適化
さらに、ドバイでは再生可能エネルギーとの組み合わせによって、全体の効率を高める“仕組み化”が進んでいる。
たとえば:
- 昼間に発電された太陽光エネルギーを使って、データセンターの電力需要を補い
- 夜間はエネルギーを冷却水の“氷蓄冷”に使い、翌日のピーク需要に備える
- この流れをAIによって需要予測&自動調整している施設もある
つまり、データセンター=エネルギーの「消費者」ではなく、一部を供給する存在へと変わりつつある
再生可能エネルギーと組み合わせることで、都市全体のエネルギー効率を最適化しようとしているのが、ドバイの“未来志向”。
ドバイは、サーバーの“熱”すら捨てない。データの副産物をエネルギーとして再活用する発想こそ、未来都市のエッセンスだ。

他国との比較:やっぱりドバイはスケールもスピードも異次元
地下の冷却トンネル(District Cooling)は、ドバイ独自の技術ではなく、世界各国でも部分的に導入されている。
しかし、その導入の範囲・規模・スピードにおいて、ドバイは他国を圧倒している。
🔸【日本】:点の導入、ビル単位
- 例:六本木ヒルズ、東京ドームシティ、幕張メッセなど
- 特徴:単体の商業施設や複合ビルに集中導入されており、「都市全体」という発想はまだない
- 導入面積:約1〜3 km² 規模の施設が中心
- 熱源:主に電力+ガス、自然エネルギーとの連携は限定的
▶ 都市機能としての冷房ではなく、「個別施設の効率化」が主な目的で地下の冷却トンネルとはほど遠い。
🔸【シンガポール】:国主導のモデル都市で集中導入
- 例:マリーナ・ベイ・サンズ周辺、ジュロン・レイク地区
- 運営:政府系企業 SP Group が推進
- 特徴:**「開発段階から冷却システムを設計」**している点で先進的
- 冷却容量:約400,000トン(RT)※東京ドーム約320杯分
- 省エネ効果:約40%の電力削減
▶ 都市計画とセットで進められているが、エリアは限定的で地下の冷却トンネルが国全体には未展開
🔸【ドバイ】:都市そのものが“冷却ネットワーク”
- 運営:Empower社(世界最大級の地下の冷却トンネルプロバイダー)
- 導入範囲:住宅、ホテル、モール、オフィス、駅、空港まで含む都市機能全体
- 冷却容量:1,400,000トン(RT)以上=世界最大
- 対象エリア:150以上の開発プロジェクトに冷却供給
- 省エネ効果:エリア全体で30〜50%の電力削減
▶ 導入規模もスピードも「国単位のインフラ級」。スマート制御&AI連携でさらに進化中

Empowerドバイを拠点とする世界最大の地下冷却トンネルサービスプロバイダー
2003年設立。
ドバイの都市開発とともに急成長を遂げ、現在では約1,600棟以上の建物に冷却サービスを提供しています。
その冷却能力は約153万トン(RT)に達し、世界記録にも認定されています。
🌐 公式ウェブサイト
Empowerの詳細情報や最新ニュース、サービス内容について:
👉 www.empower.ae
🏢 会社概要
- 設立:2003年
- 本社所在地:Al Hudaiba Awards Building, Block A, 8th Floor, Opposite Etihad Museum, Jumeirah Beach Road, 2nd December Street, Dubai, UAE
- 主要株主:DEWA(ドバイ電力・水道局)56%、Emirates Power 24%
- CEO:Ahmad Bin Shafar
- 従業員数:約500~1,000名

🌍 世界を俯瞰して見た時のドバイの立ち位置
比較項目 | 日本 | シンガポール | ドバイ |
---|---|---|---|
導入範囲 | 商業ビル単位 | エリア単位 | 都市・区画全体 |
主導者 | 民間主導 | 政府主導 | 公共+民間連携 |
スケール感 | 数km² | 数十km² | 100km²以上 |
冷却能力(RT) | 数万トン | 約40万RT | 140万RT超 |
スマート制御 | 限定的 | 一部導入 | AI+再エネ連携で全体制御 |
将来展望 | エリア拡大検討中 | 持続可能都市に向け整備中 | “全市的スマート冷却都市”を実現中 |
まとめ:灼熱の街を支える冷却トンネル未来の都市は世界最高峰!
きらびやかな超高層ビル、世界最大級のショッピングモール、砂漠の中に突如として現れる人工都市──
ドバイと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、その華やかな“表側”だろう。
だが、ドバイという都市を真に理解するには、地上ではなく“地下”にこそ目を向けるべきなのだ。
そこには、巨大な地下の冷却トンネルが迷路のように張り巡らされ、都市全体に快適な温度を供給するネットワークがある。
データセンターからの排熱はただ捨てられるのではなく、温水プールや給湯へと転用され、エネルギーは一滴たりとも無駄にされない。
そして、その全てがスマートグリッドやAI制御によって、静かに、効率的に、そして持続可能に運用されている。
言い換えれば、ドバイの“快適さ”や“効率”や“未来性”は、ビルの高さやモールの豪華さではなく、誰も気づかない地下の技術と設計思想によって生み出されているのだ。
ドバイが世界中から注目を集め続けている理由は、この“見えない部分”への投資と創造力にある。
都市を表層だけで判断せず、その根底にある“構造”や“思想”に目を向けたとき、
初めてこの街が描こうとしている未来が見えてくる。
だからこそ、次にドバイを訪れるときは、ビルの高さやブランドショップに目を奪われるだけでなく、
その足元にある、静かに都市を支えている“見えないテクノロジー”にも想像を巡らせてほしい。
きっとそこに、あなたがまだ知らない「未来都市」の本当の姿があるはずだから。
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